深層雨林

記憶が薄れてゆく前に

「Void / Valve / Volume」によせて


光あれ
光が色をつくるのならば透明もまた色なのでしょう
歩いた分だけ時が経つなら時間はきっと距離なのでしょう

 

遠ざかるほど広やかに
遠ざかるほど鮮やかに
遠近法は書き換えられて
わたしの過去は今めのまえで空間をひらく光であった

 

空虚の器を光がみたす
さよならさんかくまた来たる過去
遠近法のその先の鮮やかな距離をみはるかす
わたしの瞳が見ているものは空虚であって、光であった

 


(2021.03.20)

 

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親の死に目にリモートで会う

自分がこんな経験をすることになるとは思っていなかったな、という淡々とした記録です。

 

コロナ禍で面会が制限されるのは、コロナ感染での入院患者ばかりではない。院内での感染を起こさないために、患者の受け入れにだって最大限の注意を払っているだろう時に、見舞い客を病棟に入れる余地なんかないのだ。万が一持ち込まれたら大変なことだ。

もはや治療が目的でない緩和ケア病棟だって、それは同じで、来ても入れないから来なくていい、と言われていたのだった。それでも父のいた病院は基本個室ということもあって、「同居の」家族なら一定の手順と期間を経て面会することもできなくはないとのことだった。

俺がセッティングするからリモートで面会しない? と下の弟が言い出した。弟(下)は3人姉弟のうち唯一、ずっと実家住まいを続けている。そして、3人の中でいちばん気がやさしい。ここ数年入退院をくり返していた父にもよく寄り添ってくれていた。

「1回だけだと、父ちゃんが俺もう終わりなのかって思うかもしれないから、何回かやるようにしよう」と、気づかいもばっちりなのだ。本当にやさしい。

いろいろソフトの候補を挙げて、ゲーマーである弟(上)のオススメによりDiscordを使うことになった。ゲームしながらの利用が基本だから、動作が軽く作られているらしい。姉はDiscordはボイスチャット用だと思っていたよ。ビデオチャットもできるんだね。

 

接続テストも前もって済ませ、面会の日がやって来た。

当日の朝方、祖母と一緒に大きなお風呂に入っている夢を見た。温泉好きの祖母が亡くなってから、もうずいぶん経っている。夢に出てきたのも久しぶりだった。あと、同じ夢の中で噴火があって、目の前でめりめりと地面が隆起したりした。激しい。

たぶん緊張してるんだなと思った。何せ、父とは長いこと折り合いがよくない。嫌いというわけではないし、仲が悪いというのでもないのだが、わたしの成人あたりから、わたしの自我の選択することが、父の価値観とあまりにも合わなくなっており、いやまあこれを理解してくれというのも無理筋だから、お互いに触れないでいくしかないな、ということにしてきた。たまの法事での帰省時などに、元気~?とか、その場の会話をちょっとするくらい。子どもの頃の1日分の会話量を10年かけて話す程度になっていた。

そんな身内を相手に、おそらくあと数回のこととわかっている会話で、何を話せばいいのかわからない。そりゃ緊張する。何せ、前日にネットで検索したくらいである。「親 お見舞い 話すこと」とか。「死ぬ前にかける言葉」とか。もうぶっつけでいいや、と最終的には覚悟を決めた。ひとりじゃないし。弟たちも母もいるし。

 

結局、父とはひと言も話さなかった。

決めていた面会の時間より20分ほど早く、弟(下)から「父ちゃん眠った」と連絡があった。ああ、話せないのは残念だけど、そりゃ緩和ケアしてるんだから痛み止めで眠り込んでしまう日もあるだろうと、返事をした。でもそうじゃなかった。

すぐにカメラが繋がって、父の姿を映してくれた弟と母が、もう息をしていないよ、でもまだあったかいよ、と言った。

ほんの10分、間に合わなかったらしい。弟と母は、病院へ向かう途中で急変の報せを受けたが、道が混んでいて間に合わなかった。

両手で顔を覆っている弟の姿がカメラに映った。幼い頃に見た彼の涙を思い出した。飼っていたインコが死んだ時、長い睫毛のあいだにびっしりと涙をためていた姿。こういうとき、人はこういうふうに泣くんだな、と幼心に思ったこと。

あれから数十年が経っても、わたしはこういうときどういう顔をしていいのかわからなくて、でも、ちょっとだけ泣くことができた。弟が泣いているからもらい泣きなのかもしれない、と思いながらちょっとだけ。画面の向こうで、弟と母が父の頭を撫でていた。その手つきがすごくやさしいなあ、いいなあと思って、わたしも画面越しにそろりと撫でてみた。iPadに貼っているペーパーライクフィルムの手ざわりだった。それはそうだよ。

 

もともとの約束の時刻を数分過ぎて、弟(上)も画面にあらわれた。実際には東北、関東、関西の3箇所に分かれながら、画面越しに家族水入らずで1時間近く、ゆっくりとお別れの時間を過ごしたことになる。自分の人生でこんな経験をするとは思っていなかった。少し不思議で、わりといい時間だった。

ぎりぎり間に合わなかったけど、ぎりぎり間に合ったからありがとうね、と、いろいろ段取ってくれた弟(下)に伝えた。たぶんないだろうなと思っていたのに親の死に際に立ち会えてしまった。いろいろな要素が重なってリモートだったけど、たぶん、リモートじゃなかったら会えなかったなとも思う。

たとえ面会できない状況じゃなくても、危篤になってからしばらくあって……という感じではなかったので。新幹線に飛び乗っても、普通に間に合わなかっただろう。

 

その日の夜、大きな地震で目が覚めた。実家のほうで震度6だった。弟の携帯に安否を問うメールを送りながら、朝方の夢を思い出していた。死んだばーちゃんと、天災の夢だったじゃん。

あー、ばーちゃんはあれか、お父さんを迎えに行ったのか。その前にわたしに挨拶してくれたのか、と得心した。ついでに地震のことも教えてくれようとしたのかもしれない。

これは理屈では説明できないのだけども、亡くなってからもずっと、わたしにとって祖母の存在はそんなに遠くはない。けっこうな晴れ女を自認しているが、この能力も祖母譲りだと思っているし、いずれわたしが向こうに行った時には返却するのだとも思っている。今回は、あっち側からの出張ありがとう。

地震の直後、Twitterで郵便のことを気にしていたのは、お別れの手紙を送ったところだったからでした。お棺に入れて一緒に焼いてもらうやつ。ちゃんと翌日届いて大感謝でした。

 

結局、コロナ禍に地震のことが重なって、お通夜や告別式にかんしても遠方の家族親族は無理しない、ということになった。新幹線も走ってないし、空港も常磐線もそれなりに遠い。だいたい、年寄りの葬式にはおもに年寄りが集まるのだから、コロナ感染予防の面でも遠距離移動での参加はまずい。葬式が原因の葬式を出してはいけない。四十九日でも新盆でも、これから先集まる機会はたくさんある。

やっぱり弟(下)がはからってくれて、わたしと弟(上)は、自宅から告別式に出ることができた。喪主をつとめてくれた弟(下)の挨拶、とてもよかったらしいのだけど(終わったあとで、画面越しにおしゃべりした隣家のおばちゃんと幼なじみが教えてくれた)マイクが切れていてぜんぜん聞こえなかったのが残念です。あとで原稿送ってもらおう。

こうやってまた、いずれ行くはずのところに知った顔が増えて、近くなるのだなあ。

 

「眠り展:アートと生きること」によせて


うわまぶたの裏側と
したまぶたの裏側とに
別々の風景が映っている
まばたきをするたびに
ふたつの世界はおそるおそる触れ合い境界を引く
はじけるように離れ、また触れ合う


まぶたとまぶたが眠りに融け合うあいだ
景色と景色もゆっくりと互いを侵食し合う
うずまきって、ねじれる時もほどける時も渦を巻いているね
とぷんと聞こえる水の音
わたしが身をひたしているのは眠りなのか、それとも


ずるずると手脚も融けて
まぶたの裏側に渦を巻く
うわまぶた、あなたは何を見てきたの
どこを歩いて、何に触れたの
したまぶた、あなたは


やがて赤い光が水平に走り、朝が燃え出す
宙にひらかれるうわまぶたに
水中に沈むしたまぶたに
どんなわたしを残してきたのかわたしは知らず
ただ、次の眠りへと泳ぎはじめる


(2021.01.30)

 

国立近代美術館

眠り展:アートと生きること
ゴヤルーベンスから塩田千春まで

国立美術館コレクションでみる「眠り」のかたち
https://www.momat.go.jp/am/exhibition/sleeping/

KAAT EXHIBITION 2020 「冨安由真展|漂泊する幻影」によせて

 

かつて
わたしたちだった
いつか、わたしだった
昨日わたしだったものたちが
暗闇にひそむ

 

暗闇のひそみで沈黙している
しんだけものたちの気配
ひっそりとまぎれて息を詰めてみても
しんでいないわたしのための場所は
ここにはない

 

 しんだけものも
 ひなたに連れ出せば
 ひなたの匂いになるのだろうか

 

ポケットの暗がりで
小さな機械がふるえている
何もかもが停止した廃墟の底で
ふるえている、と思うことだけが
今、だった

 

ほのおが夜を揺らす音
いつか、わたしだったはずの
壁か、椅子か、陶器の欠片が流れてくる
ひとひらを掴まえて
ポケットの暗がりにひそませる

 

かけらは、ふるえる
ふるえている、とわたしは思う
暗がりに差し入れた指先が触れる
かつて、わたしであったかもしれない
空っぽの暗闇に 廃屋に

 

 (2021.01.23)

 

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www.kaat.jp